第22回 2004/04/01 |
ワインと戦争 |
書名:ワインと戦争 著者:ドン&ペティ・クラドストラップ 訳者:村松潔 出版社:飛鳥新社 出版年月日:2003年11月7日 ISBN:4−87031−5872−4 価格:2,940円(税込) http://www.asukashinsha.co.jp/index.html ハードカバーの帯にこう謳われています。「ブドウとワインを守るためにナチスと戦い、暗い時代を生き抜いた人々を描く渾身のノンフィクション」と。 この本を通して、私たち日本人のワインに対する思いとフランス人のそれには何と大きな隔たりがあることかとまず驚嘆させられます。私たちにとっては、多くあるアルコール性飲料水の中のひとつ、嗜好品に過ぎないワインが、フランス人にとっては生活の中で不可分の一要素であること、その意味では生活上の文化にまで昇華していることが具体的に示されます。 ヒットラーに率いられたナチスドイツがフランスを占領したとき、まずそのワインを略奪しようとしたこと自体に、決してフランス人だけではなく広く欧州大陸に住む人々にとって、ワインが生活上の戦略的な物資であったことを教えてくれます(英国人にとってどうであるのかについて本書は何も触れていませんし、私も知りません)。力ずくで生活の文化を簒奪しようとする侵略者に対する戦い、その具体的な軌跡を、戦後50年を経た今日、できる限り正確な資料と可能な限りのインタビューを通して克明に描いていったのが本書です。 周知のように、第2次世界戦争は1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵略を開始し、これに対し同3日、英国とフランスが宣戦を布告することにより始まります。この本の第1章はまさにこの1939年8月末から書き起こされます。それから6年後、1945年5月8日ドイツが降伏するまでの期間、フランスとフランス人がいかにこの暗い時代を生き抜き、若しくは凌いできたのかが、政治、若しくは歴史学的立場からする鳥瞰的な視点からではなく、逆に生活の日々の変化と人々の戦いのあり方の具体的な経過を通して、かえって生々しく、今から60年以上も前のこととは思われない現実感を添えて、読む人の目の前に展開してくれます。 この6年間のワイン生産に関わる人々の生活を具体的に描く過程で、原料であるブドウを育てる基本的な生育条件が、そして良質にブドウを生育するためにどのような努力がなされてきたのかをも教えてくれます。さらに成熟したブドウから良質なワインを作り出すための様々な条件と歴史的に伝えられてきた人々の工夫がどのようなものであったかをも。一杯の良質なワインの背景が次第に見えてくるようです。 エピローグで語られる、1945年のフランスワインが、「19世紀最後の偉大なヴィンテージだった」という事実は、まさに歴史の人々に対する強烈な皮肉だったのかもしれません。その年は酷暑、寒波、雹に続く更なる酷暑で、ブドウはまったくの不作。それに加え人工的なワイン加工物資(佐藤、硫黄その他の化学薬品)の極度の欠乏という条件だったのですから。つまり、加工物質の不足により自然のもつ力をそのままどう利用するかに人々は知恵を絞り、気候の極度の変化と最終的な酷暑がワインにかつてないほどの深みある特色を与えたのです。 井戸の中から天空を見つめるような視点からでも判ることがあります。この6年間を通して、無能な指導部をもったばかりに、その下にいる大衆が、どれほどに翻弄されざるをえないのか、それゆえに最終的には人々が自分で戦うしかなくなるまでの悲劇の深刻さがどれほどのものであるのか。決してナチスドイツの暴虐性だけを熱血的に訴えるだけでない冷静な深みを読み取ることができます。少なくとも、ヴィンテージのいくつかを並べることのできるだけの浅はかなワイン通を気取ることは、もうできなくなること請け合いです。ワインを好きな人も、敬遠したい人もご一読あれ。
|