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ホーム/コラム/みだれ観照記/『砂漠の女ディリー』

第21回 2004/03/01
『砂漠の女ディリー』、『ディリー、砂漠に帰る』

書名:『砂漠の女ディリー』、『ディリー、砂漠に帰る』
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著者:ワリス・ディリー
訳者:武者圭子
出版社:草思社
出版年月日:『砂漠の女ディリー』1999年10月25日
      『ディリー、砂漠に帰る』2003年12月2日
『砂漠の女ディリー』ISBN:4−7942−0920−7
『ディリー、砂漠に帰る』ISBN:4−7942−1260−7
価格:1,800円(それぞれ)
http://www.soshisha.com/

まず執筆、出版されたのが『砂漠の女ディリー』。その後時間を置いて、前作で述べられた以降の時間経過を執筆、出版されたのが『ディリー、砂漠に帰る』。それぞれ独立していますが、両著作を一度に読むことをお勧めします。この著者を知ったのは、衛星放送で、BBCが彼女を扱った番組を見る機会があったことからです。

著者ワリス・ディリーは、世界ファッションモデルの頂点に立つといわれている、かのナオミ・キャンベル(今では、彼女の名をブランドとした香水の方が有名になったかもしれません)に勝るとも劣らないトップモデル。ニューヨークを拠点に、ミラノ、パリで開催されるファッション業界のそうそうたるブランドのイベントには不可欠といわれるほどのスーパースター。ナオミとの違いは、彼女がロンドン生まれのアフリカ系人種であるのに対して、ワリス・ディリーがソマリア生まれで、かつモデルとなる直前までソマリアで遊牧民として生活を送っていた、いわば生粋のアフリカ人であるということ。

彼女の正確な年齢は、誕生日を公的登記機関に届け出るという習慣のないソマリアの砂漠で遊牧民として生育したため、本人も不明(おおよその推定年齢で書かれていますが)。公共教育手段がないため、学歴はなし。育ってきた砂漠に電気、通信手段は一切なし。一定の場所に、長期的に滞在することのない日常生活(父親の決定により突然の移動が夜明け前に行われる)。徹底した男尊女卑の社会秩序。一足の簡単なサンダルを大家族が共有する、普段は、裸足の生活。

そうした日常生活に何の不満も覚えなかった彼女が、父親の決める老人との結婚から逃げ出すことにより、新たな世界が幕を開けます。ロンドン、ニューヨークで彼女の感じた、素朴な現代社会への不満、恐れ、不安は、裕福になるために不幸を連鎖的に生んでいる現代社会への嘲笑でもあり、痛烈な批判とも読み取れます。

偶然と幸運と彼女の強い意志によって勝ち取られたファッションモデル界におけるスーパースターの位置は、ある日、自分の体験した性的な蛮行、女子割礼の悪習をテレビ局で告発したことから、にわかに社会的な役割を担ってくるようになります。数多くのアフリカ諸国と、アフリカ出身者が生活する所謂先進国内のアフリカ社会において、21世紀の今日でさえ継続されている、女性性器の切除(FGM)という野蛮な習慣の非合理性、生命さえ危うくする危険性の高さを、国連の場で訴えていく、特別大使を引受けていきます。

余分なものを何も持たない、自然と一体化してきたアフリカの砂漠遊牧民を取り巻く大自然の壮大な展開と、持ち物にとらわれず、時間に拘束されない自由な生活と自らの家族を深く愛していることが、文章の端々からうかがえます。しかし彼女の愛するアフリカの大地が、無知と宗教への曲解によって行われ続けている男尊女卑のいわれ無き差別と蛮行の習慣を許容してきた矛盾を、饒舌な書き回しによってではなく、むしろ稚拙とも思われる素直さで告発しています。

アフリカ、ソマリアの素朴な自然と人々の生活に関する、優れた紀行文。時間に追われ、富を求めてあり地獄に入ったかのような「先進諸国」の現代人への鋭い現代文化批判。そして女性の人権を根底的に拒否し、その命さえ奪いかねない悪習への痛烈な社会批判。部族内部での差別意識とそれから発生する国家の無秩序さへの批判。それらが一体となったものがこの著作です。私たちの通常の生活の中では決して知りえない新らたな世界が目の前に広がります。『砂漠の女ディリー』の原題は、『Desert Flower』。ワリスという彼女の名が、ソマリアの砂漠に咲く花であることから付けられたと著作の中で紹介されています。「砂漠の花」とは彼女のソマリアを愛する思いが伝わってくる表題のような気がします。また、『ディリー、砂漠に帰る』の原題は、『Desert Dawn』。悪習から「砂漠の夜明け」を待つ著者の希望がよく現れています。