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第34回 2003/8/02

この原稿を執筆している7月30日現在、関東地域では、依然として雲が低く垂れ込めた梅雨空が続いています。この原稿が配信されているころには、正真正銘の夏となっているのでしょうか。皆様、食べ物と体調にはくれぐれもお気をつけ下さい。

さて葉月、8月は海と太陽の月です。ぎらぎらと照りつける日差しの中、元気よく咲く向日葵。はるかかなたの水平線の上には入道雲、こうしたイメージによくマッチしそうな歌の一つとして、「われは海の子」があります。

「われは海の子白波の 騒ぐ磯辺の松原に」で始まる歌詞は、小学校唱歌として私の世代の人々には懐かしい思いがあるはずです。ただ比較的皆さんに知られていないようですが、大正3年(1914)に尋常小学校唱歌、6年生用として採用された際には、なんと7番まで歌詞がありました。しかし戦後教育を受けた私たちの教科書には3番までしか掲載されておりません。「波を子守の歌と聞き」、「千里寄せくる海の気」を吸った赤ん坊が、いつしか次のような若者に成長します。

「浪に漂う氷山も 来たらば来たれ恐れんや
            海巻き上ぐる竜巻も 起こらば起これ驚かじ」(6番)

かくも勇ましく成長した青年は、やがて海軍兵士となって行きます。

「いで大船を乗り出して 我は拾わん海の富
              いで軍艦に乗組みて 我は護らん海の国」(7番)

この勇ましい歌詞のため、戦後の昭和22年(1947年)GHQの指導で後半のほとんどを削除し、教科書には3番までしか載せないこととなったのが現在まで続いているようです。もっとも「唱歌」をあまり載せないごく最近の小学校の音楽教科書に、未だにこの歌そのものがあるかどうかは定かではありませんが。ちなみに次のサイトで歌詞の全てを見ることができますし、メロディーを聴くことができます。 http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/uminoko.html

しかし、軍隊ではない「自衛隊」が、兵士ではない「自衛隊員」を組織的に海外に派遣(出兵ではない)することが、いかなる名目の下であれ合法化されつつある現在、「我は海の子」はオリジナルのまま解禁してもよくなったのではないでしょう。