第031回 2006/11/17 |
全盛期のベームによる名演、オペラ「コジ・ファン・トゥッテ」 |
米エンジェル 3631D/L(4) (CD:英EMI 5-67379-2) E.シュヴァルツコプフ(S), C.ルードウィッヒ(Ms), A.クラウス(T), G.タデイ(Br), H. シュテフェック(S), W. ベリー(Bs) (録音:1962年9月 ロンドン) |
最初に告白してしまえば、かつて筆者のベームに対する傾倒は、「ベーム好き」なんていうナマ易しいものではなく、ほとんど病気ともいえる状態で、むしろ「ベーム狂い」と言ったほうがよかった。そのベームが逝って、早いもので25年。しかしながら、未だに60年代に聴いた一連のライブ演奏を思い出すだけでも、当時の“ドキドキ、ワクワク”した熱い思いが蘇ってくるようだ。 名作「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」に続くモーツァルトにとっては死の前年に上演されたダ・ポンテの台本によるいわゆるダ・ポンテ3部作の最後のオペラ・ブッファである。 ストーリーは、荒唐無稽というべきか、何とも悩ましく奇想天外なもの。親しい2人の青年士官には、それぞれ相思相愛の恋人が居てしかも相手の女性同志は姉妹である。若者たちは当然のことながらそれぞれ恋人の貞操を信じて疑わない。それを見た老哲学者、「女とは心変わりするもの」とからかうが、怒った2人、まんまと老人の計略にのって賭けまでしてしまい、「それでは」と老人の指図通り、2人共一旦は出征したことにして貴族に変装。残酷にもそれぞれが互いの相手をクドキにかかり、これに姉妹の召使いが調子にのって姉妹にけしかける。結局、2人の姉妹は敢えなくクドキ落とされ、愈々それぞれ新カップルが結婚という段取りになったところで、くだんの哲学者が現れ、「女はみんなこうしたもの」と何とかその場を丸く収め、「ものごとすべて、理性でかたづけ、人の良い面のみ見ている者は、仕合わせ者よ」(永竹由幸訳)と全員の合唱で幕となる。舞台は、18世紀末のナポリ、登場人物は2人の青年士官と夫々の恋人、老哲学者と召使いという6人だけのやや危うい機微と教訓に富んだ喜劇に仕立て上げている。 作曲家モーツァルトにとっては最晩年、暗く困窮の極みに喘ぐドン底期の作曲にも拘らず、「コジ・ファン・トゥッテ」というオペラ、音楽的には、精緻極まりないアンサンブル主体の いかにも彼らしい明るく軽快な微笑みのなかに少量の毒も盛り込んでちょっとばかり凄みも感じさせる大傑作である。 残念ながら興行的には必ずしも期待通りの成功とはいえず、しかも10回ほどで打ち切られ、その後モーツァルト存命中にウィーンで再演されることはなかった。 内容的には当時から女性を侮蔑した反道徳的なドラマといった評もあり、今なら女性の権利擁護団体当りから強硬なクレームがつきそうだが、ダ・ポンテの他の2作と比べ、人気薄なのはそのせいか。現在に至るまで、とくにその本質的テーマを巡って議論の多い作品だが、美しい音楽がふんだんにちりばめられた傑作であることにかわりはないし、しかもこうした作品が、彼にとって生涯の最も過酷な環境の中で全く何くわぬ顔で生み出されているのは奇蹟としか言いようがなく、これこそモーツァルトが真の天才たる所以でもあるのだろう。 生前、ベームは、とりわけこのオペラを得意とし、オフィシャルな録音だけでも、1955年録音の英デッカ盤(デラ・カーザ、ルードウィッヒ、デルモータ、クンツなどとウィーン・フィルによるもの)、そして今回取り上げた62年の英EMI盤、もう1つは、74年のドイツ・グラモフォン盤(ヤノヴィッツ、ファスベンダー、シュライアー、プライなどとウィーン・フィルによるザルツブルグ音楽祭ライブ)の3種が存在する。何れも名演だが、唯一となるとやはりこの英EMI盤ということになろう。 さて、このべーム、最初にも触れたが、1981年8月14日、ザルツブルグで他界(享年87歳)、従って今年は没後25周年になる。以下、簡単に生前の略歴を記しておきたい。
1939〜45年(45〜51歳)─第2次世界大戦 1963年以降も、1975年3〜4月(81歳)、1977年3月(83歳)、1980年9〜10月(86歳)と計3回、何れもウィーン・フィルと共に来日。ご本人も大変な日本贔屓だったそうだが、相思相愛というべきか、若い層も含め、日本にも随分とベームのファンも多かったようだ。 最後に、やや本筋を離れるかもしれないが、かの楽聖ベートーヴェンの「コジ」評。 「『ドン・ジョヴァンニ』や『コジ・ファン・トゥッテ』のようなオペラは私には作曲できないでしょう。こうしたものには嫌悪感を感じるのです。このような題材を私が選ぶことなどありえません。私には軽薄すぎます」(音楽の友社「コジ・ファン・トゥッテ」(田中純訳)より) いかにもベートーヴェンという感じがするが、2人の大音楽家の人生観そのものに対する際立った違いが垣間見えるようで面白い。 音楽同様、ロココ趣味溢れるジャケット絵は、18世紀フランス・ロココ絵画を代表するワトーによる「2人の従姉妹」の一部。彼は「絵画の詩人」と呼ばれた。ジャケット・デザインは、アトリエ・ジュベールによるもの。 |