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第41回 2005/11/01
乱交の生物学
41

書名:乱交の生物学 精子競争と性的葛藤の進化史
著者:ティム・バークヘッド
翻訳:小田亮、松本晶子
出版社:新思想社
出版年月日:2003年7月30日
ISBN:4−7835−0229−3 C1045
価格:2,625円(税込)
http://www.sinsisaku.co.jp/book2.htm#book2_2

近来、生物生態学者の積極的なフィールドワークは、従来、「種の保存」を目的とすると見られてきた生物の生態が、実は「個の保存」を利己的に追及する様々な生態によって裏付けられるものであることが明らかにされてきました。この著作は、それをさらに一歩掘り下げ、「個の保存」である、生物における性と性行為のメカニズムを生物進化の視点から光を当てようとするものです。

ダーウィンの進化論を支えるひとつの柱は、雄間の競争と雌による選択という、性淘汰理論であるのですが、著者は、この雄間の競争と雌の選択を、雄の精液が一旦注入された後にどのように表現されるのかという具体性からはじめて、全体として性淘汰理論をより掘り下げた次元で解き明かしていこうとしています。

生物における、雌の選択とは、実は雌の乱交であり、生殖活動である交尾行動は、雌雄の「個の保存」のための協力的行為(共同作業)ではなく、時として他方の性の不利益さえ伴う、両性間の葛藤(sexual conflict)である。これが実際の雄間の競争と雌による選択の、すさまじくも激しい現実であると著者は言い切ります。このような結論に導く、様々な今日にしてはじめて明らかになって来た実例と生物生態学の理論的歴史が随所に示されます。

雄間の競争とは、つまるところ精子間の競争であり、この点で著者は鳥をはじめとした様々な生物の「父性」の確保をめぐる戦いの実例を列挙したのち、「精子競争のあるところでは常に父性を保証しようという行動が見られ、配偶者防衛と頻繁な交尾は最もよく見られる……行動的適応である」としたうえで、「雌が一個体以上の雄と交尾する場合にはいつでも、父性の保護をもたらすことからこれらの行動は進化してきた」と結論付けます。そして、こうした「システム」は決して静的なものでなく、「動的な進化の原動力で」あり、「雄による配偶者防衛のような適応が起こるとすぐに、その裏をかく方法を編み出すような淘汰圧が雄に作用する」。つまり雌の乱交性への志向は、雄間の競争と進化の原点であると喝破します。

二性間の交尾の形態が一定の淘汰圧の結果であることと対応して、交尾器官である生殖器自体も、生物間において多用な変化を遂げていることを説明します(第3章)。一例として、哺乳動物の睾丸の位置の多様性が解説されますが、恐らく大部分の方が初耳ではないでしょうか(例えばゾウの睾丸は腹部にあります)。そしてこの様々な生物の性器機能と構造の複雑さは、「性的葛藤と競争の産物である」と結論していきます。

ところで、著者ティム・バークヘッドは、イギリスシェフィールド大学教授と説明され、今回の著作が彼の執筆したものの内初めての邦訳とのことですが、かなり文中に諧謔的とも、ユーモラスとも取れる実例を挙げ、過去の常識にとらわれた非科学性やナンセンスを笑っています。彼の対象とする特異な研究世界が、やっとこの20年間に築かれつつある事からすれば当然かもしれません。例えば、第5章で、聖職者であり、強烈な「反ダーウィニスト」であったリバーエンド・フレデリック・モリスが、1850年代、教会区民に対して「ヨーロッパ・カヤクグリの慎み深い生活様式」を見習うよう奨励したことを嘲笑っています。今日の研究では、ヨーロッパ・カヤクグリはいわゆる一雌多雄型の鳥で、一度の抱卵に際して、二羽の雄である配偶相手と250回以上の交尾をするほど「慎み深い」ことが知られているからです。

これに続く類まれなユニークな視点に基づく論理展開は、お読みいただく方にお任せすることとします。思わず引き込まれていくこと間違いなしです。著者は、最終章をこのように結んでいます。

「雄と雌の繁殖に関する特徴が共進化するというのは、恐らく過去二十年間における最も大きな発見だ。適応と対抗適応―激しく変動する状態にある両性は、互いの適応に応えるかたちで現在も進化を続けているのだ。………両性間の争いは進化のシーソーなのだ―それは微妙で、洗練され、そして避けられないのである。」

19世紀チャールズ・ダーウィンの唱えた進化論、その骨格となった性淘汰理論。それが、近来の生物生態学の進歩とそれを裏付けてきた地道で緻密な観察と、DNA分析に見られる、分析学上の長足の進歩を経て、よりダイナミックに新たな世界が広がるかのような洞察がここに見られます。21世紀の進化論の優れた一表現であると高く評価できる概要書です(決して学会向けの専門的論文ではありません)。