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第40回 2005/10/01
光速より速い光
40

書名:光速より速い光 アインシュタインに挑む若き科学者の物語
著者:ジョアオ・マゲイジョ
翻訳:青木薫 出版社:NTT出版
出版年月日:2003年12月20日
ISBN:4−14−080841−1
価格:2,415円(税込)
http://www.nhk-book.co.jp/shop/
main.jsp?trxID=0130&webCode=00808412003

まずタイトルが魅力的。アインシュタインによって完成を見たといわれる近代物理学の基本は、何はさておき自然事象の速度の中で、光を上回る速度はなく、またこの速度は真空中で一定であるという物理法則に則っていると理解されています。その光より速い光が存在するということは、光速が可変だということに他なりません。まず、常識的な物理学者や物理学関係者は、ここで「トンデモ科学」の一変種が表れてきたと苦笑するのかもしれません。事実、この本の翻訳者である青山氏も、訳者あとがきのなかで、出版社から原題を聞いた瞬間は、そのように感じたことを率直に述べておられます。

ところが、光速一定の原理にクレームをつけた碩学は日本にもいます。オーディオ機器の評論もなされている窪田登司さんがその方で、1993年に、この本と同じNHK出版から、「相対光速度」説を上梓しています。このホームページのリンクの項目に、「話題のサイト」として紹介していますので、本書とともにお読みいただけることを期待します。

光速は変化するという一点については同じ立場ですが、どうもその内容にはかなりの差異がありそうです。率直に申し上げて、どちらが正しいのか、もしくはどちらも正しくないのかの判断は私にはできません。ただ、近代科学の常識として、既に一旦社会に認められた諸法則、諸公式に対し、疑問を持つことなくそれを受け入れるという「保守的」なスタンスは、どうも科学的とは思えないというのが、こうした書物やその著者に関心を抱くゆえんです。

さて、この著者ジョアオ・マゲイジョは、自身で語っているように、「どこからどう見ても立派な経歴の学者」で、よく知られているアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)に匹敵するロンドン大学インペリアル・カレッジの指導者であり、現役の研究者でもあります。(著者は、研究活動を中止し、マネージメントに専念する所謂教授的存在にかなり悪態をついています。)

また、この著作では、彼の到達するに至った光速変動理論(VSL)の詳細な数式が述べられているわけではありません。次の文章構成をご覧になればすぐお分かりになりますが、むしろ現代理論物理学概論といった趣なのです。かなり先鋭で、過激で、ユーモアっぽい悪態が随所に顔を出していること(翻訳者は理学博士のようですからかなり抑えた表現をするのに苦労したのではないでしょうか)が、難しい理論説明を飽きさせません。

第1章 とても馬鹿げた理論

第1部 cの物語
第2章 アインシュタインの「夢」
第3章 重力の問題
第4章 アインシュタインの最大の誤り
第5章 謎をかける宇宙
第6章 アンフェタミン中毒の神

第2部 VSLまでの遠い道のり
第7章 じめじめした冬の朝に
第8章 ゴアの夜
第9章 中年の危機
第10章 グーテンベルクの戦い
第11章 戦い終わって
第12章 高山病

エピローグ 光よりも速く

第1章では、それ以降展開する理論形成に至る契機や、学術的な論理展開の歴史が述べられます。なによりも物理学は、我々人類が存在する地球を含めた宇宙の起源と、現在と将来を科学的に論ずる学問分野であることを教えてくれます。

第2章から第6章までが第1部として、「cの物語」と括られています。cとは、物理学者にとって真空中一定の光速度を表現する定数で、ここでは、アインシュタインの相対性理論の代名詞として用いています。第1部では、ニュートンからアインシュタインに至る科学的な論理展開と、さらにはその延長上に派生した様々な新しい理論に、次々に問題点を投げかけていきます。

そして第2部では、既存の常識的理論を打ち破るであろう自らの理論が、実際にはどのようにして今日に至ったのかが明瞭に、かつ飾ることなく語られています。とりわけ今日脚光を浴びるに至った(しかしまだ社会的な認知には至っていない)VSLが、決して自分ひとりで作り上げたものではないこと、また、自分にある意味では先行する研究者もいたこと 、今後の展開に協力者が欠かせないことなどを具体的に名前を挙げて述べています。著者が属するイギリス学会の問題点にとどまらず、またアメリカ学会をも槍玉に挙げて、真摯な研究がいかに官僚的制度や態度に阻害されているかをも歯に衣を着せることなく断罪してさえいます。

ポルトガル生まれの彼が、11歳にして物理学に目覚めるに至ったのは、インフェルトとアインシュタインの共著、「物理学はいかに創られたか」であったことを著者は告白しています。その「啓蒙の書」を妥協なく現代的に表現し、物理学を遠いものとして感じているであろう多くの人々にその科学的研究の面白さを伝えようとすることこそがこの本の目的だったのではないでしょうか。20世紀のそれに対して、21世紀の「物理学はいかに創られたか」を表現しようとしたものが本書であるように思われます。