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第35回 2005/05/01
もう牛を食べても安心か
35

書名:もう牛を食べても安心か
著者:福岡伸一
出版社:文藝春秋
出版年月日:2004年12月20日
ISBN:4−16−660416−3
価格:756円(税込)
http://www.bunshun.co.jp/book_db/6/60/41/9784166604166.shtml

言い方は悪いが、週刊誌的な興味本位さを想起させる表題であり、そのレベルでの浅薄な問題へのアプローチではないかと読む前には危惧されました。しかし、ここで展開されている内容は、きわめて高い見識に基づく科学者の現代医学への警告であり、ヒトが食を抜きにしては生存でき ない ことの本質に、直接迫るものでありました。

おりしも本年3月、米国国務長官コンドリーザ・ライス氏が訪日した際も、BSE問題に関しこう語ったと報道されています。「本件は、米国にとって特別な重要性を有している。米国は、食品の安全に大きな関心を払い、本件に関する国際基準を満たしており、米国産牛肉は安全であると信じている。(中略)今日になって、本件をめぐり、日本に対する制裁論が出てきている。(中略)本件は、時間がかかればかかるほど大きな問題となるものであり、日米関係に対して悪影響をもたらしつつある。」

しかし、牛肉問題を歴史的かつ政治的側面から捉えようとした、同じ文藝春秋社(同じく新書版)の「牛肉と政治・不安の構図」(中村靖彦著、 2005年3月20日初版)は、米国の牛肉の安全性を概略こう述べている。「日本と異なり、放牧がほとんどの飼育形態をとっている米国では、子牛の生年月日は判然としない(飼い主が知らない間に雌牛が出産する)。また、粉砕肉骨粉を含む飼料を家畜に与えることを全て禁止することで、交差汚染を防ごうとする日本と異なり、豚、鶏へ与えるこうした飼料に対する規制を米国では一切していない。また、肉骨粉を牛に与えることを禁止する法律はあるものの、その管理はかなりあいまいさを残している。」

また、この著作の中で、米国農務省の招聘したBSE調査団の責任者は、日本の食品安全委員会の招きで来日した際、こう述べたと紹介している。「(1頭しか発見されていないといわれる)BSEの感染は北米でかなり拡がっていると思います。アメリカでは、ひょっとすると1993年頃からBSEの牛がいたのかもしれません。このことはアメリカ国民も少しずつ認め始めているようにおもいます。」これではどう見てもアメリカ産牛肉を「安全である」と信じ込ませるのはかなりの無理があるようです。

さて、『もう牛を食べても安心か』の中で、著者は、狂牛病が、実は18世紀に遡る羊の病気を源としていること(これは19世紀になってスクレイピーと病名が一般化した)から筆を進めています。そしてこの羊の奇病そっくりの症状が、20世紀も末、1985年になってイギリスの牛に発現した。過去200年間、羊からその他の種に伝染したことのなかった奇病が牛を通して表れた。そしてヒトへの伝染。この間のイギリス政府の犯罪性については、第1章「狂牛病はなぜ広がったか」に詳述されている。食物として摂取することから狂牛病はヒトへ伝染するとすれば、そもそもヒトはなぜたんぱく質を摂らなければならないのかが、第2章「私たちはなぜ食べ続けるのか ─ 動的平衡とシェーンハイマー」で明快に語られます。初めて耳にするアメリカのユダヤ人科学者、ルドルフ・シェーンハイマーの代謝研究のもたらした画期的な「自然観におけるコペルニクス的転換」の意味するところを教えてくれます。「つまり、生命は、まったく比喩ではなく『流れ』の中にある」ことを証明した先達の視点から、この狂牛病を捉えることがこの著作の大きな骨格となっているようです。

現在、狂牛病の正体は、スタンリー・プルシナーの唱える、突然変異たんぱく質プリオンと説明されることが多い。この「発見」で1994年、プルシナーはノーベル賞を受賞するのだが、この説に対する批判、疑問が、第6章「狂牛病病原体の正体は何か」で展開されています。要は、最終的にこれだとされる「正体」は見つかっていないことが論理的に語られます。「つまり、現在いえることは、ただ一つ、ノーベル賞の後光に守護されているとはいえ、プリオン仮説は今なお極めて不完全な仮説だということである。」感染部位への感染経路、感染過程、感染時間、そして最終病原体の解明にさえ至っていない、きわめて謎に満ちた、狂牛病、それゆえに全頭検査体制のいかなる緩和にも筆者は反対します。新しい観点から、200年の時間の壁を打ち破って現在に発現した病気に立ち向かう筆者の真摯な姿勢にはきわめて共感します。是非一読されることをお勧めします。