第139回 2012/5/9 |
「愛鳥週間によせて」 |
5月10日から16日までは、愛鳥週間(バードウイーク)です。日本鳥類保護連盟は、「愛鳥とは、鳥を手元においてかわいがるということではなく、自然の中で自由に飛び回る鳥を愛でるということです。」と述べています。また、この催しは、アメリカ合衆国のバードデーにならい、戦後(1947年、昭和22年)4月10日から始まったもの。またそれが、その後昭和25年(1950年)から、現在のようになったことも説明しています(北国の4月にはまだ積雪があるため)。 バードウィークを直前にした4月22日、環境庁は佐渡市で放鳥したトキ(朱鷺)の一番(つがい)が産んだ卵が孵化したと発表しました(その後3羽と発表)。この雛が無事巣立ちまで成長すれば、実に38年ぶりの自然条件下での孵化成功だと各報道機関はこぞって賛辞を送りました。既に広く報道されているように、自然環境下で国内で生育したトキは、全数捕獲管理された1981年をもって絶滅したとされています。その後紆余曲折を経て、中国で生育したトキを借入、移入を通して人工飼育し個体数を増やす人工繁殖の努力が重ねられ、飼育されたトキを自然界に放鳥し始めたのが2008年。その後4年を経て今回の雛の誕生に至っています。 一旦国内では絶滅した野鳥が、ヒトの尽力によって今後自然界に復帰できる可能性が見えたという点では、素直にその尽力を評価し、関係者とともに喜びたいものです。ただこれはほんの始まりだと思えます。絶滅に至った理由は、最終的にはヒトによる生息環境の劣悪化であることは異論を待たないでしょう。野鳥にとって必要とされるのは、生命保持のための餌があり、それが捕獲できる条件があること、繁殖場所と繁殖環境が整っていることが必須です。人工繁殖には、かなりの公的な費用が投じられたことは報道もされましたし、予測に難くありません。ただ、自然環境下のある地域で一旦絶滅した特定の種が、今後延命していくためには、公的費用では賄えない、その環境下にあるヒトの自己犠牲を伴います。ヒトが劣悪化させた環境は、完全に元どおりにはできないまでも、決して不可能ではありません。ただそれにはかなりの自己犠牲を強いられてしまうということを覚悟する必要があります。また、トキというコウノトリ目トキ科トキ属に属する特定の野鳥種の人工飼育で得た貴重な経験の数々は、おそらく他の野鳥の人工繁殖にはそのまま適用できないものと思えます。固有種の生育は、あまりにも複雑多岐であるため、トキの人工繁殖自体にもかなりの試行錯誤を余儀なくされてきたからです。 現在、世界中に生息する鳥類は、カウントする方法によって異なりますが、国際鳥学会の会長を歴任した、著名な米国の鳥類学者であり分子生物学者でもあったチャールズ・シブリー(Charls G. Silbley)博士によれば、9946種(Birds of the World Version 2, 1996年)だといわれています。また、このうち日本国内で観察できるのはそのうちの5%、約550種(渡り鳥の迷い込みがあるために、断定は不可能)です。 約1万種に及ぶ鳥類の祖先をめぐる議論に最終的に決着がついたのは、実は昨年2月の東北大学の研究発表だという事実は、あまり広くは知られていないようです。鳥類の祖先が恐竜だとする見解が初めて発表されたのは、19世紀後半(英国の生物学者、トーマス・ハクスリー)。それは、1861年にドイツ・ミュンヘン郊外で発見された、羽毛をもつ小型肉食恐竜業の化石を根拠とし、以降その化石は「始祖鳥」と呼ばれることになります。ところが、20世紀にはいると、骨の機能上、鳥類の祖先は恐竜ではない、爬虫類もしくは、恐竜と鳥類の共通の別の祖先だとする意見が多数派に傾いていきます(鳥類にはある叉骨(さこつ)が恐竜にはないことを根拠とする)。 しかし、恐竜起源説は次第に復権し、統計的な手法で手首や骨盤などの多くの骨を分析した結果、恐竜の一部、獣脚類の肉食獣と鳥類の類似性が発表されます(ジャック・ゴーティエ、1986年)。さらに、発見された恐竜の化石のなかから、叉骨を持つものがいる(オビラプトルやアロサウルス)ことが明らかになります。1990年代後半には、羽毛を持つ恐竜が次々と発掘され、鳥類の恐竜起源説は有力視されてきます。しかし、恐竜起源反対説は、根強く、羽毛恐竜が始祖鳥以前の地層から発掘されていないこと、また指の機能が恐竜と鳥類では異なることがあげられます。 始祖鳥(ジュラ紀後期)以前の羽毛恐竜が、2009年に発見され(ジュラ紀中期アンキオルニス)ます。かくて残る課題は、指の機能をめぐる問題だけとなります。同じ3本の指を持つ恐竜と鳥ですが、恐竜は第1−2−3指、鳥は第2−3−4指である矛盾です。その矛盾を解いたのが、東北大学の田村宏治教授とその研究グループです。結論的には、一見恐竜とは異なった構造をもっているように見える鳥類の指は、発生学的分析の結果、恐竜と全く同じ第1−2−3指であることを明らかにしたのです。米国サイエンス誌に発表されたのと同時に国内でも公開されました。(東北大学大学院生命科学研究所から、2011年2月11日付)http://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/press20110211.pdf 「始祖鳥が見つかって今年で150年。その年に、長年の論争に終止符を打てた」と話す(田村教授)に対して、 国立科学博物館の真鍋真・研究主幹は「これで恐竜起源説に残っていた最大の課題を解消できた」と評価しています。現在、中国で発見された第2第3の始祖鳥の化石の研究から、「始祖鳥は鳥の祖先ではないかもしれない」という議論が起きています。この議論の趨勢が、もはや20世紀初頭のような鳥類の起源説を覆す可能性はなくなりました。鳥類の起源をめぐる世界的な論争に決着をつけたこの研究は、もう少し広く知れ渡り、高く評価されてもよいように思われます。 愛鳥週間の時期になると、新聞の地方欄に取り上げられることが多いのが、キジもしくはヤマドリの放鳥です。自然保護活動の一環として、種の保存を図る目的だとされることが多いようです。必ずしも愛鳥週間に限らず、キジ科のこの2種類の鳥類の放鳥は随時、各行政体によって行われています。しかしこれは種の保存の意味では大変おかしな行為です。キジは4亜種、ヤマドリは5亜種が記録されています。ところが、放鳥活動によって亜種間の交配が進み、キジの場合ほとんど識別できなくなっているのが実態です。詳細なデーターを入手したわけではありませんが、経験的にキジの個体数が減少しているとも思えません。多くの亜種のある種を、人為的に撹乱する作業です。また、もし種の保存が図られなければならないほど個体数が減少しているのであれば、まず狩猟を全面的に禁止すべきなのです。この両種とも狩猟対象鳥です。 たとえば群馬県の場合、県のホームページ林業緑化係の業務として、「野生鳥獣の保護・管理」の内容として、「キジ・ヤマドリの放鳥等を行っています」とされています。保護とは、個体数の維持もしくは増加を意味するのでしょうし、他方管理とは維持もしくはその増大を抑えることです。残念ながら、首尾一貫性に欠けます。また、埼玉県では、「第10次鳥獣保護事業計画」に「鳥獣の人工増殖および放鳥獣に関する事項」に「狩猟鳥獣の増加を図るため、キジ、ヤマドリの放鳥を実施する」としています。ここでは、群馬県以上に矛盾に満ちています。狩猟鳥獣は、狩猟によって減少が危惧され、したがって保護されなければならないのであれば、まず狩猟を禁止すればと思ってしまします。狩猟を許可しながら、害獣鳥ではないために鳥獣保護の対象にもなる矛盾がここにあります。国鳥を狩猟対象鳥にしている国を他に知りません。 1億数数千年前に誕生した最初の鳥類は、進化し続け1万種ほどまでにその種を拡大しています。人為的な撹乱はその歴史に逆らうものだとは思えませんか。また、その間、ヒトの活動によって絶滅したと思われる種は数百種にのぼるといわれています。地域的な絶滅を救うためにどれだけの費用とヒトの努力が必要であったか、またこれからも長く犠牲を強いられることをトキの再生は教えてくれています。 |
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