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第001回 2005/12/01
「日本のうた 心のうた─あの日、あの頃」

DISC1

日本ビクター KVX-5021
『椰子の実─日本の歌曲 ベスト15』

椰子の実/宵待草/初恋/中国地方の子守唄/平城山
(何れも中沢桂(S), 三浦洋一(p))
この道/城が島の雨(何れも中村健(T), 木村潤二(p))
波浮の港(中村健(T), 三浦洋一(p))
からたちの花/夏の思い出/浜辺の歌(伊藤京子(S), 三浦洋一(p))
花のまち(伊藤京子(S), ビクター・オーケストラ)
(東京混声合唱団)
箱根八里(立川清登(T), ビクター・オーケストラ)
荒城の月(中山悌一(Br), 小林道夫(p))
以上 計15曲(発売:1978年)


 この新連載で最初に取り上げるのは、日本ビクターが昭和53年(1978)に発売した「日本のうた 心のうた─あの日、あの頃」シリーズ、全8巻中の第1巻。タイトルは「椰子の実」で、「日本の歌曲 ベスト15」の副題が付いている。
 ちなみに、このシリーズ、2巻が「早春賦/日本の唱歌」、3巻「庭の千草/世界の愛唱歌」、4巻「雪山賛歌/山の歌」以下、最後の8巻が「四季の歌/若者の歌」で完結するのだが、企画的にはやや竜頭蛇尾の感あり、最初に出たこの歌曲集が選曲、演奏ともに、もっとも充実しているようだ。

 文字通り、日本の代表的歌曲が収録されており、滝廉太郎による「花」「箱根八里」「荒城の月」の3曲、山田耕筰が、「この道」「からたちの花」(作詩はいずれも北原白秋)と「中国地方の子守唄」の3曲、以下、藤村の作詩に大中寅二作曲「椰子の実」、野口雨情−中山晋平コンビによる「波浮の港」、白秋の詩に梁田貞作曲の「城が島の雨」、竹久夢二の「宵待草」(作曲:多忠亮)と啄木の「初恋」(作曲:越谷達之助)、「浜辺の歌」(林古渓−成田為三)、「平城山」(北見志保子−平井康三郎)と続き、戦後の作品では、いずれも江間章子作詩による「夏の思い出」(作曲:中田喜直)と「花のまち」(作曲:団伊玖麿)が選ばれて計15曲となる。
 演奏陣も中々の充実で、中沢桂が5曲、伊藤京子が4曲、中村健が3曲、「箱根八里」は、生前この曲を得意としていた立川清登、「花」は東京混声合唱団によるものだが、なんといってもB面の最後で、このアルバムの取りをつとめるバリトンの中山悌一とピアノ小林道夫による「荒城の月」が、こと演奏では白眉であろう。
 こうして改めて聴いてみると、どの曲の場合も、日本語による親しみやすく優れた歌詞とその歌詞の細かなフレーズ1つ1つに豊かな情趣を込めた曲付により日本特有の世界が描き出されていることに気付く。例えば、このレコードのタイトルにもなっている藤村の「椰子の実」、椰子の実に自身を重ねた孤独な旅人の強烈な郷愁感は、大中の曲付によりさらに一層深まっているし、「初恋」の「砂山の砂にはらばい 初恋のいたみを 遠くおもいいずる日」は、まさに啄木の世界そのもの。越谷達之助による、そっと寄り添うようなごく控え目ながらニュアンスに充ちた朗唱的な曲付は我々をより夢幻の境地へと導いていく。
 「初恋」といえば、この中沢桂もいいが、何と云っても若くして亡くなったテナー、山路芳久の絶唱を思い出さざるを得ない。キャリアのほとんどをウィーンやミュンヘンなどヨーロッパの歌劇場を舞台に活躍した不世出の天才の、何故か望郷の念がほとばしり出ているような強い唱法で、山路のこの「初恋」を聴くと何時も涙してしまう。  戦後の国民歌謡「夏が来れば思い出す」で始まる「夏の思い出」。清潔で自然への憧れを込めた江間章子の歌詞もいいが、中田喜直の曲が平易で柔らかで優しい。“日本のシューベルト”と呼ばれた中田は、学校唱歌の名作「早春賦」の作曲家・中田章の子として1923年、東京に生まれた。「小さい秋みつけた」「雪の降る街」「めだかの学校」「おかあさん」(江間と)など1000曲近くを作曲して、5年前の2000年に他界。片や「花のまち」の作詩者でもある江間章子は、1913年、越後高田の生まれの岩手県西根町育ち。生前は“花の詩人”と呼ばれて、幾多の詩作ののち、今年(2005)3月12日、91歳の天寿を全うされた。
 そう云えば、その「花のまち」の作曲家、団伊玖麿が2001年に77歳で、「平城山」の平井康三郎が翌2002年に92歳で、何れも今世紀に入って相次いで他界。戦後も こうして少しづつ消えていくようだ。

 原田泰治によるジャケット画は、水芭蕉の風景である。筆者は、今年5月、尾瀬に匹敵するといわれる北信濃の鬼無里の水芭蕉を見に行った。未だ雪の残る戸隠連峰を借景に、ブナ原生林の間に点在する広大な水芭蕉の群生地を森林浴しながら、この「夏の思い出」の世界を心ゆくまで満喫することができた。信州出身の画家、原田にとっても、この鬼無里の光景は、その記憶の1つになっているのではあるまいか。