ホオジロガモ:ユーラシア大陸北部で繁殖し、日本や中国南部、朝鮮半島、また地中海地域で越冬する、比較的小型のカモをご紹介しましょう。他の多くのカモ同様、冬鳥です。
これまでホオジロガモは、日本へ飛来する個体数はそれほど多くなく、それも北海道を中心にして、関東地方には非常にまれな海ガモとばかり考えておりました。今年(2008年)が特殊だったのかどうかは今後の観察によりますが、この冬、東京都から千葉県にかけての湾岸部では少なくとも十数羽以上のホオジロガモが観察されていました。また、私の住んでおります埼玉県を流れる荒川上流域のコハクチョウ飛来地(深谷市)には、30羽以上の群れが連日確認されました。ホオジロガモは生粋な海ガモではなく、淡水系にも生息できること、また関東地方では少なくとも非常にまれな存在ではないようです。
カモの仲間は、採餌行動に二種類あり、体全体を沈めて潜水する潜水型と、頭部だけを水に突っ込んだり(例:オナガガモ)、ほとんど頭全体は水に入れず水面と平行に餌をこそぎ採るような(例:ツクシガモ)非潜水型に分けられますが、ホオジロガモは潜水型に属します。水深4メートルほどで、潜水時間20秒程といわれています。
写真をご覧になればお分かりのように、オス(写真左)の顔、頬に当たる部分に楕円形で白い模様があり、ここから「ホオジロガモ」と名付けられたことは間違いないでしょう。英名のGoldeneye (金の眼)は、このカモの虹彩が黄色いことに着目して付けられたものでしょう。下の写真右のメスでお判りのように、メスにはこの頬の白い模様はありませんが、雌雄共通して虹彩は黄色です。英語名は雌雄共通の点に着目したのでしょうか。
ホオジロガモ・オス |
ホオジロガモ・メス |
オスの頭部は濃い緑色で、光線の角度によっては真っ黒にも見えます。眼と嘴の中間には、上に書きましたように縦に長い楕円形をした白い模様があり、嘴は黒です。また背中は黒く、羽と腹部は白で、実に色彩のコントラストが際立っています。他方メスはオスとはまったく異なった色合いをしています。頭部は全体として褐色です。また黒い嘴の先は黄色です。若いメスの嘴にはこの黄色の部分がありません。
北へ帰る越冬カモは、越冬期間中に番の相手を決めます。その求愛行動は種類によって様々ですが、ホオジロガモの求愛行動(ディスプレイ)は、かなり派手なものです。2006年トリノオリンピック、フィギュアースケートで金メダルを獲得した荒川静香さんの得意技、「イナバウアー」は一躍全世界で有名になりました。(これはもともと旧西ドイツのイナ・バウアー選手が1950年代に開発したものです。)しかしそれ以前のオリジナルはこのホオジロガモのオスのディスプレイではないでしょうか。オスはメスを前にしますと、急に首を前に突き出します。写真(1)をご覧ください。その後首を背中に乗せて反り返り、これぞ元祖イナバウアーのポーズをとります。写真(2)をご覧ください。そして、この連続行動を繰り返すのです。この求愛ディスプレーはやはり繁殖地に帰る前の2,3月に多く見られます。この求愛ディスプレーは、ヘッドスローディスプレーと鳥類学的には呼ばれるようです。
ホオジロガモ写真(1) |
ホオジロガモ写真(2) |
ホオジロガモは冬の季語ですが、執筆段階でこのカモを歌った句に出会うことはできませんでした。「鳥名由来辞典」によりますと、室町時代に、飛ぶときに鈴を振るような音を立てるカモを「すずがも」と呼称したようです。ホオジロガモもその仲間となります。更に江戸時代前期、黒い翼の一部が白いカモを「はじろがも」と呼んだようですが、ホオジロガモもその対象です。そして江戸中期になり、ホオジロガモを「ほほじろがも」(頬が白い)、「ほほじろはじろ」(頬が白いはじろがも)、もしくは「てこがも」(少女=てこ、のようにかわいいという意味でしょう)と呼ばれるようになり、現在に至っているようです。また、異名として、「みよしがも」、「へいしろうなかせ」、「かきはじろ」があるようです。
小ぶりで、愛嬌たっぷりのディスプレイを見せ、非常に印象深い模様をしたこのホオジロガモ。冬場には少ない飛来数とはいえ沖縄を含む日本列島すべての沿岸部で観察される可能性があるようです。双眼鏡を手に探してみてはいかがでしょうか。