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第60回 2007/7/1
ビッグバン宇宙論 上・下
60

書名:ビッグバン 宇宙論・上下
著者:サイモン・シン
翻訳者:青木薫
発行所:(株)新潮社
出版年月日:2006年6月25日(初版)
ISBN:4-10-539303-0、4-10-539304-9
価格:各々1600円(税別)
http://www.shinchosha.co.jp/book/539303/
http://www.shinchosha.co.jp/book/539304/


宇宙の生誕については、おおよそ「ビッグバン」理論で説明されることが、今日の宇宙論の主流となっているようです。宇宙を解明することが、科学、そして哲学の最終的な目的であるのかどうかは別として、人類が論理的に地球を取り巻く宇宙をどのように理解しようとしてきたのかを、ギリシャ時代にまで遡り、それが今日の宇宙理解の主流となっている「ビッグバン理論」にどのように進化してきたのかを、歴史的に、壮大に総括した、大変な労作です。

ビッグバン理論を最初に、かつ総合的に理解したつもりになれたのは、松井孝典氏(たかふみ・東京大学大学院新領域創生科学研究科教授)の著作の数々です。それらは、ビッグバンそのものの説明であったり、またその結果としてどのような世界ができたのかの研究の数々であったように記憶しています(とりわけ氏を世界的な存在とした、海の誕生の謎解きは秀逸でありました。個人的には、90年代以降、日本人でノーベル科学賞を受賞するのは松井氏だと確信していました。)。

この著作は、松井氏のような世界的にも優秀であると認められた科学研究者が、それぞれのおかれた歴史的な環境のもとで、どのように宇宙を描いていったのか、理解を深化させていったのかを実に直接的かつ簡明に描ききっています。訳者の青木氏が、ビッグバンをめぐるさまざまな著作の中でも、「これは直球ど真ん中だ」(あとがき)と感銘を受けたのも容易にうなずけるところです。

さて、著者は、地球が球形をしていると最初に知覚したのは、紀元前6世紀のギリシャの知識人たちであったことから筆を進めます。そこから球形の上にあるわれわれはなぜ滑り落ちることなく地上にとどまっていることができるのかという論理的な疑問が派生します。そこで「引力」の存在が想起され、地球が中心となって、他の天体がその周囲を移動する、所謂「天動説」が生まれます。この「天動説」は、理論的には16世紀のコペルニクスを待つまで聖書の解釈とともに延命するのです。2千年以上にわたる定説を逆さまにしたのが、コペルニクスでした。太陽を中心として、地球を含む惑星がその周りを回転しているのだと。まさにその後言われる「コペルニクス的発想の転換」だったわけです。

コペルニクスの同心円的な「地動説」は、ティコの観測を踏まえたケプラーの楕円軌道をもつ「太陽中心地動説」により一歩大きく前進します。このケプラーと交友のあった、ガリレオは、優れた科学者であるばかりではなく、その当時としてはきわめて優秀な望遠鏡を製作し、かつ「金星の満ち欠けを目にし、それを図に書き留めた最初の人」として描かれます。科学は、ある現象の理解を巡って原因が仮定され、その仮定が検証されることによって前進します。検証にたる道具としての「観測装置」が宇宙をめぐって初めて17世紀に始めて導入されたこと、そこにガリレオの歴史的な存在感があることが判ります。

そのガリレオが没した年(ユリウス暦1642年)に生まれたニュートンは、『宇宙に存在するあらゆる物体は互いに引き合う』とする重力法則(二つの物体間に働く引力方程式)を見出し、そのことにより、彼以前のコペルニクス、ケプラー、ガリレオの論理的正当性を裏づけます。17世紀のこの天才に、はじめて異議を唱えた存在として、かのアインシュタインが200年を経て現れます。ニュートンとはまったく異なる重力理論は、「特殊相対性理論」(1905年)から導き出され、後に「一般相対性理論」として完成します(1915年)。この新しい重力理論は、1919年、「水星の軌道と、太陽の周りで光がどのくらい曲がるかに関して検証され」「どちらの場合もアインシュタインが正しく、ニュートンは間違っていたこと」が証明されるにいたります。

ビッグバン理論の最初の提唱者は、アインシュタインの一般相対性理論による宇宙理解のかぎでもあった「宇宙定数」を否定した、フリードマンとルメートルであったことが述べられます。ここで宇宙は、初期の原子の爆発によってもたらされ、膨張し、今日の宇宙に進化したものであり、今日なお動的であり、膨張する存在として提唱されます。(アインシュタインの宇宙論は、後に定常宇宙論といわれる、安定的で、静的で永遠的なものとされていた)

ガリレオが望遠鏡という新装置によって、地動説を確固たる物としていったのと同様、宇宙論の深化には、より高度な望遠鏡が要求されてきます。こうして、八ップル(ノーベル賞候補となったその年、死去。ノーベル賞は生存者のみが対象です。)による高精度を誇る望遠鏡を用いた、忍耐を要する長期で地道な観測は、宇宙は膨張していることを結論付けます。この段階で、アインシュタインは自分の意見を変え、ビッグバン理論を支持する側に回ります。しかし学説の大多数はこれに組せず、「永遠で静的な宇宙論」を保持し続けます。ここでの問題は、それまでの観測から得られた結果では、宇宙にある星よりも宇宙の年齢が若くなってしまう矛盾が解決できなかったためでした。

まず、より正確な観測が、宇宙年齢が星の年齢と矛盾しないことがバーデ、そしてサンディツジによって示されます。またそれ以前の1940年代、ガモフ、アルファー、ハーマンは、ビッグバン理論でこそ、今日の宇宙の分子構成(90%が水素、9%がヘリウム)が説明できることを唱えますが、そこでの欠点は、ヘリウムより重い元素を作り出す理論展開ができなかったことです。またこの3名は、宇宙創造の瞬間から30万年後に光が自由に進めるようになり、そのときの光のこだまは(宇宙マイクロ波背景放射=CMB放射)今でも検出できるはずだと主張しますが、それを検知できる装置なしには時期尚早でありすぎたようです。

1950年代、ホイルによって重い元素の形成が立証されます。さらに1960年代になり、電波天文学への進化により、銀河の分布が均一ではないことが発見され、CMB放射が発見されます。更に1990年代、人工衛星による観測は、CMB放射のゆらぎ、つまり銀河形成の原因を見出し、ビッグバン理論の弱点が次々と克服されていく過程が描かれていきます。

この著作は、ビッグバン理論へとたどり着く壮大な歴史的ステップを取り上げたにとどまらず、科学の発展とは具体的にどのようなものであったのか、ひいては科学とは何なのかを多くの例証を挙げて示す魅力的な読み物です。かつて、確か白川静博士だったと記憶していますが、宇宙の宇とは時間のことであり、宙とは空間のことであると書かれていたように記憶しています。ほぼ200億年前と推定されるビッグバンによってできた宇宙。漢字の本来の意味合いとビッグバン理論の核心は偶然にも一致しています。時間と空間は、ビッグバンを持って始まった。よくいわれる「ビッグバン以前」とは、時間と空間のなかった非存在であるとすれば、科学の対象ではなく、神学の対象なのかもしれません。

上巻さえ読み終えることができれば、下巻は一気呵成に読み進めます。『フェルマーの最終定理』にて一躍名をはせたサイモン・シンの(私が知る限り)最新作です。ご一読を薦めます。