第48回 2006/06/01 |
虚栄の黒船 |
書名:虚栄の黒船 小説エンロン
著者:黒木亮 発行所:プレジデント社 出版年月日:2002年12月24日(初版) ISBN:4−8334−1767−7 価格:1,680円(税込) http://www.president.co.jp/book/1767-7.html 総従業員数21,000名を擁する、アメリカ合衆国を代表する巨大企業、エンロン(Enron Corporation)が、一夜にして灰燼と帰したのは2001年12月のことです。今からわずか4年半ほど前の出来事ですが、この間の経済的な変化は振れが大きく、かつ速いので、これほどの大事件でさえとても昔の出来事のように感じられます。 昨年(2005年)一年間を通して日本メディア界で時代の寵児ともてはやされたライブドア社の責任者堀江貴文氏が、会社への警察権力による強制捜査(2006年1月)を皮切りに、挙句「証券取引法違反」により逮捕され、さらに上場の廃止が決定されるに及び、ライブドアと堀江容疑者をめぐるさまざまな虚像とその政治的な背景までもが取りざたされるにいたっています。ライブドア事件は、IT業界における金融資本のディールをめぐる不正、腐敗、作為の全容を次第に明らかにしつつあるようですが、実は、4年前のエンロン事件は、業界と方法こそ違え、基本的には、現代資本主義社会の暗い一面においてまったく同じ性格を持っているように思われます。ライブドア事件の規模とは比べものにならないほどの損害の大きさ、トリックの複雑さとある意味でのずさんさ、政治世界との密接なかかわり、世界的な規模での商取引の大きさを示したエンロン事件を今振り返ってみることは、決して無意味なことではないように思われます。 まず忘れてならないのは、エンロンは1996年から閉鎖に追い込まれた2001年まで6年間連続で、米国の著名な経済誌「フォーチュン」において、「アメリカで最も革新的な企業」と賞賛され続けてきたことです。つまり一般投資家と経済アナリストにとって、エンロンは最も安心できる、信頼すべき会社としての社会的地位を、その衰退がうわさされるその日まで、誇ってきたことです。(堀江氏はわずか1年間、2005年を通してほぼ毎日民放上でオンエアされていたにすぎないし、社会的な信用度合いはまるで異なります) そのエンロン破綻の直接的な契機は、マスコミからの告発という形をとりました。2001年9月11日、アメリカ同時多発テロにより炎上、崩壊した世界貿易センタービルの硝煙がまだくすぶっていると思われる同年10月に、ウォールストリート・ジャーナル紙がエンロンの「不正会計疑惑」を報じました(第13章「カラ売り屋の逆襲」に詳しい)。ウォールストリート・ジャーナルのキャンペーンと折からのエンロン株の下落とそれへの不審を抱かせるエンロンの対応は、連邦証券取引委員会(SEC)のエンロンへの査察を結果し、次々に白日の下にさらされていく不正経理処理の実態の前に、経営の継続を望む出資元は尻込みし、ついにそのわずか2ヵ月後の12月、かのチャプター・イレブン(Chapter11:連邦破産法第11条)を申請する(日本で言う破産宣告)にいたります。 モラル的な観点からすると、日本でも大きく報道された2000年のカリフォルニア州の電力危機こそエンロンの非道徳的企業性格を端的に現しています。電力の自由競争に基づく売買ゲームにより、人為的に作り上げられた電力不足と、とんでもない価格の高騰、かくて「カリフォルニア州の住民が蒙った損害は5百億ドル(約5兆8千億円)にのぼる」という記述(第10章青森進出)は、おそらく事実に近似しているものと思われます。 この小説には書かれていませんが、エンロンのロビー活動は活発だったようで(2000年の米大統領選挙には共和党、民主党の双方に合計20億ドル、日本円で約2千億円を投じたと報じられています)、このことを裏付けるのが2001年、当時エンロンの海外戦略の要であり、にもかかわらず交渉が滞った、インド・ダホール発電所プロジェクトに対して、当時の国務長官パウエルをアメリカ政府はインドへ派遣したのです。このプロジェクトとエンロンの狙いについては、第2章カウボーイ対インディアン、第3章ガス銀行に説明されています。 いうまでもなくエンロンの本社はテキサス州・ヒューストン。時の(そして現在も)アメリカ大統領はテキサス州出身のブッシュ。エンロンは「規制緩和政策」の旗を米国政府の前に高々と掲げ、「自由化」の名の下、「電力」が完全に商品化されます。「第6章青いダイア」で著者は、エンロンの1998年度(会計)年次報告書を引用しています。『世界的な電力とガスの規制緩和・民営化は、巨大なチャンスをエンロンにもたらした』と。エンロンの巨大化への道は、アメリカ政府の規制緩和・自由化政策の箒で掃き清められてきたようです。 エンロンの経営破綻時の総負債額はそれまでの米国経済史上最高の160億ドル(約1兆7600億円)に上ると報じられ(それ以上との意見もあるようですが)ましたが、その半年後の翌年7月、ワールドコムはその記録をあっさりと上回る1,038億ドル(約11兆4,180億円)の負債総額を記録してチャプター・イレブンを申請します。果たしてアメリカ経済の膿はこれで出きったのでしょうか。 著者、黒木享氏は、「総合商社の英国現法プロジェクト金融部長」と巻末に紹介されています。略歴では、長く都市銀行に勤務していたようで、金融関係に精通していることをうかがわせます。「虚栄の黒船」は、エンロン最高経営者の実名が挙げられ、多くが事実に基づいているように読みとれます。日本のエネルギー市場をめぐるエンロンの思惑を記載した部分はおそらく「小説」的に表現されているのでしょうが、エネルギー商品の取引を金融商品の不正取引の手法でいかにエンロンが虚業化していったのか、その実態とはいかなるものであったのかが著者の経験と知見ならではの正確さで描ききれているといえます。 次々に実体経済が、主力となる産業の変異変遷を経ながら、金融資本の下で変質を遂げつつある現在、過去のとてつもない「虚栄」の破産から学ぶべき問題点は多いように思われてなりません。
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