第16回 2003/10/01 |
地中生命の驚異 |
書名:地中生命の驚異 -秘められた自然誌- 著者:デヴィット・W・ウォルフ 出版社:青土社 出版年月日:初版2003年5月30日 ISBN:4−7917−6041−7 価格:2,400円 http://www.populus.est.co.jp/asp/booksearch/ detail.asp?m_code=12615&_key=499306&=3978 著者は、コーネル大学農芸学部、生態学準教授。原題は『Tales from the Underground: A Natural History of Subterranean Life.』「地中からの発信 -地中生活の自然史-」とでも直訳できましょうか。ずばり面白い。地球と自然の成り立ち、土壌の役割、進化論、動植物の根本的発生史、植物の生存形態、地中細菌の役割、ヒトを取り巻く環境、環境破壊、これらのどれかひとつにでも興味をもたれる方には、必見の著作といえます。 一般に、「生き物」と私たちが呼び、イメージするとき、そのほとんどが目に見ることのできる海底を含めた地表上の生物を無意識のうちに指しているのではないでしょうか。しかし、地表の下、表土を含む地下には、地表上で見られる以上の種類と個体数をもった生き物が、それらなりの生活を営んでいることを著者は冒頭でまず指摘します。 「たとえばちょっと裏庭に出て、雑草の根のあたりの土を二本の指先でつまみ上げてみよう。10億に近い生物個体、ことによると一万種ほどの微生物を手にしていることになるだろう。 <略>ごく近年まで、土壌微生物の99パーセントについて我々は無知も同然であり、死骸が顕微鏡下に観察できるのを除けば、捕らえられた状態で飼育することなどできなかった。 <略>しかし分子生物学の『道具箱』から借りた手段は、<略>新しく発見された生物の遺伝コードと、既に分かっている生物のそれの類似を確かめることによって、科学者はそれまで未知だった遺伝子のタイプが生態学で果たしている役割が決定できることも多いのだ。」 遺伝子解析の技術(これを「分子生物学上の革命的な突破口」と著者は評価する)に工学的な進歩が加わる(特殊な掘削装置だけでなく、菌を保持できる無菌保有技術)ことによって、なんと地下3,000メートルに生息する微生物の存在とその生態が明らかになりつつある現実を私たちの目前につまびらかにしてくれます。 特殊な環境で生息する微生物の生態とその遺伝子の研究は、実際上、「生命は地下の奥深くとか、あるいは深海の熱水噴出口付近の堆積物の中など、極端な環境の下で生じたらしい」起源を明らかにしようとしています。つまり、地球史上28億年前に光合成生物の増殖により酸素が発生する以前に、「地球上で初めて暮らすようになった生物は、ほとんど全てが好熱性で嫌気性の生物(著者は、これを「極限環境微生物」と呼ぶ)であった。」 こうして、「地球の生命に対する長年の考えが根底から覆された。今では地球で生物が生きられる空間と生命の形態は、想像もしていなかったほど桁違いに大きいことがわかってきたのだ。<略>宇宙全体の中で生命を考えるとき、太陽エネルギーを利用する地球の表面は中心的な舞台でなく、取るに足りない一部分に過ぎないかもしれないのだ。」 この生命の起源の解析の偉大な先達として、著者はイリノイ大学のカール・ウーズ博士の業績を称える。ウーズ博士の遺伝子工学上のデータ収集(RNAを分離、ヌクレチド配列の違いを系統化)作業は、「地球上の全生命は(真性)細菌、古細菌、真核生物という三つの主要な上界に分類できること」を明らかにしていった。今日私たちが生き物として思い浮かべる、地上の動物と植物とは、この系統図によれば、古細菌から分離した真核生物の枝葉のもっとも近しい仲間でしかないのです。 地球上の生命の起源から、植物や我々ヒトを含む好気性生物の生存に必須な大気の大部分は窒素によって構成されている。この気体としての窒素を固体化することなしに好気性生物の発展はありえなかった。光合成に続く窒素固定作業という、「二つの生物過程によって、他の方法では利用できない資源の封を開いて地球の体積能力を大幅に増大できた。」それこそ、「窒素固定細菌」のおかげであった。 ここから著者は終章の人類への警告に入っていきます。この窒素固定作業をヒトが紆余曲折しながら人造(ハーパー法)できることになった。土壌に、そして水系に必要以上の窒素が乱配されればどうなるのか。「土壌、空気、水系に窒素汚染物質が過剰に混入する」ことになったのである。こうした「窒素量入量の急増は、地球規模の窒素循環全体を加速化し」、最終的に「酸性雨」と「温室効果」をもたらしていったと分析します。 近代医学の快挙ともいわれた、「ペニシリン」と「ストレプトマイシン」の発明。しかし、これらはまったくの偶然から地中の微生物として抽出された一部に過ぎないことを著者は指摘します。まさに地中からのヒトへの偉大な贈り物であった。未発見のこうした微生物の多様性は想像すら不可能と思われます。だがこの土壌が、日々、時として生活上の理由で荒廃に晒されていく、また不可解な理由で地下と地上を結ぶ動物の無差別殺戮で復元性を喪失していく。著者は、終章において様々な人類の環境破壊の実例を挙げながら、それが単に現在の生態系を蝕んでいるだけでなく、将来の可能性を一つ一つ閉じていく自殺的行為であることに警鐘を鳴らしているのです。地球史上の新しい分析の観点からだけでなく、現代の環境問題を抜本的に考え抜く上でも、是非一度お読みになることお勧めします。
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